初音ミク論 その2

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初音ミクは好き嫌いがはっきり分かれる。もっとも大きな原因は「萌え」だ。オタク文化が好きか、少なくとも耐性がある人でないと、ミクの持つ「萌え」の側面で拒否してしまう。

まず通常の音楽好きが気になるのは、この萌え声なんじゃないだろうか。これが、好みのジャンルや楽曲とは合わない場合、楽しみようがない(例えばjazz とこの声質は合わない気がする)。また、技術が優れているといえ、人間の声に比べれば不完全な部分が目立つ。現在のユーザーで初音ミクを楽しんでいる人は、萌え声はとりあえず受け入れていて、さらにその不完全さ(伸びしろに対する期待)も含めて楽しんでいる人びとだろう。また、未熟なところがなおかわいいという態度もありうる(全体を通して育成というエッセンスがあることだし)。
 そうした、<(完成度を問わず?)コンテンツから自分なりの楽しみを引き出す>という積極的な消費の姿勢が求められることがいくらかの人にとってハードルとなっている可能性はありそうだし、その姿勢が自然に備わっている消費者という条件と、萌え文化というかオタク文脈というのはやはり関連がありそうだと感じる。(初音ミクに期待すること — nogaminの断片 リンク切れ)

「萌え」という文化は絶対に万人受けしない。だが、初音ミクが爆発的なムーブメントを巻き起こしたのは「萌え」要素を兼ね揃えていたからである。初音ミク以前に発売されていた「MEIKO」が一部でしか話題にならなかったのは、萌えキャラでなかったからというのが定説だ。ここでは「萌え」の内容には触れずに、やはりドライに効用だけ考えてみる。
萌え文化が好きな人というのは、日本の総人口から見ればマイノリティである。だが、なぜか知らないがこの少数民族コンピューターリテラシーが異様に高い。最先端のテクノロジーを使って集合愚(集合知の無駄バージョン)を体現するのが好きな人が多い。この層に狙いを絞ってボーカルソフトという最先端技術を放りこむと、盛り上げてくれる確率が高い。開発者の佐々木渉が「テクノロジーを楽しげにパッケージすることが最優先」と言うように、ここには戦略としての「萌え」という側面がある。

VOCALOID MEIKO

VOCALOID MEIKO

※いまやMEIKOも日本酒好きのお姉さんキャラとして人気。萌え声ではない明るく伸びやかな声が逆に重宝されている。


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では、実際に、初音ミクの作品はどのようにして生まれるのか。
誰かが曲をつくる。でも発表の場はニコニコ動画だから、止め絵(動画ではなく絵)でもいいから画像がないと作品になりにくい。そこで、絵のうまい人から絵を拝借する必要が出てくる。クリプトンの運営するPIAPROピアプロ)というサイトは、そういった異なるジャンルのクリエイター同士を結びつける交流SNSになっている。

ピアプロ』は、ネットに分散しているクリエイター同士がお互いの得意なコンテンツ(例えば、オリジナル曲、イラストなど)を投稿し合い、協業して、新たなコンテンツを生むための"創造の場"を目指すものです。
様々な分野のクリエイターが力を発揮する機会を提供することで、ピアプロダクションを加速し、CGMカルチャーを育てていきたいと考えておりますので、是非ご参加ください!(PIAPROより)

PIAPROでは、誰かが作った「オンガク」「イラスト」「テキスト」「3Dモデル」が無料で公開されている。作者はライセンスを自由に設定し、利用者はそのライセンスに沿った形で作品を使用することができる。それこそ貸スタジオのメン募のような「コラボ」では、クリエイター同士が情報交換したりメンバーを募集したりしている。PIAPROは明確にCGMコンシューマー・ジェネレイテッド・メディア)の将来を見据えている。そこでは、人に見てもらいたい、使ってもらいたい、感動させたい、面白いといわれたい、といった人間の純粋な欲求が無償提供という形で現れる。これまで一人では大変だった作品作りが、コスト減、スピードアップしながら、好きな人同士でつくるという素敵なオマケつきで、より楽しい作業になる。


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究極のCGMとして「MMDMikuMikuDance)」というフリーソフトが存在する。3Dアニメーションをつくるためのソフトで、樋口優(樋口M)が趣味で開発、ものすごいクオリティだが無償提供している。このMMD作品にCGMの到達点を見ることができる。

たとえば、この音楽PV。音楽をつくったのはmiksolodyne-ts、樋口Mの開発したMMDで動画を作ったのがネルドラP、でもエンドロールを見ればわかるように、登場するキャラや小道具や背景のほとんどは誰かがモデリングしたものを拝借する形でつくられている。ネルドラPのMMD作品でありながら、間接的に多くの人が関わっていることになる。「MMD杯」というMMDを使った3D動画選手権が年に2回開催されているが、こうした無償提供の連鎖が短時間での作品生成を可能にしている。
「初音ミクがグリグリ躍る「MMD」の現状と未来」— ASCII.jp


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音楽、というのは頑張れば一人で作ることができるものだ。動画も大変だけど一人で作れる。それがCGM文化のおかげでもっと楽に一人でつくれるようになった、という話をしてきた。でも、人工衛星はどうだろうか。
ソーシャル・メディア衛星開発プロジェクト SOMESAT』(旧称HAXA)は、CGM人工衛星を本当に飛ばそうという計画である。初音ミクがネギを振る人工衛星を飛ばすのだそうだ(これぞ集合愚の骨頂)。超電磁Pという第一線で活躍する技術者が趣味でやっており、賛同するさまざまな専門家が集まってきて毎週会議をしている。ガチ企画である。これがどうなっていくかは非常に楽しみだ。なぜなら、CGMの限界にチャレンジしているから。

MMDで作られたSOMESATのPV。序盤は超電磁Pが実際に行った実験を元にしている。


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ここまでの議論で、オタク文化に馴染めない人にも、少しは初音ミクの衝撃が伝わったかもしれない。けれど、2010年3月9日に行われた初音ミクのLiveの気味の悪さは一級品である。少し興味を持った人でも「これはついていけない」と思う確率が高い。でも、そういった目で見ているのは案外、日本人自身だけだったりする。数十万回再生されているyoutubeの動画は賞賛する外国人の声で埋め尽くされている。彼らは、もっとドライに、最先端技術が可能にした新しいエンターテインメントとして見ている。確かにキモイはキモイ。でも落ち着いて見ればこれはどう考えても、SF小説などで描かれてきた未来が現実になった瞬間だ。


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さて、そろそろシメ。今まで見てきたように初音ミクの登場以来、様々なことが起きた。でも、なんでこうなった?と改めて考えると、その中心に初音ミクという「キャラクター」がやはり浮かび上がる。「キャラクター」については真面目に考えなければいけない。でもそんな能力はないので、真面目に考えている人たちが何を考えているかだけ紹介したい。下は、初音ミクをめぐる創造力を政治に利用できないかという提案。

番組終盤、濱野氏が提案したのが「非実在政治家擁立計画」(キャラクタラシー)。
ニコニコ動画を見てみると、人気作家たちは「初音ミク」や「東方Project」など、仮想のキャラクターにクリエイティビティ(創造性)を預けている。そこで集合的/協働的な創作活動を行なっているのだ。それと同じことが政治でもできるのは? という発想だ。
複数のクリエイターが協力して「初音ミク」のPVを作っているように、複数の人々が協力して政策を作り、更新していく。キャラクターは文字通り人々の代理人格となり、政策の不一致が生まれたら「派生キャラ」として分離・独立していけばよい。(もはや初音ミクに投票すべき! ネット時代の政治論 — ASCII.jp)

ここまで忍耐強く読んでくれた方は、もうこれがおふざけだとは思わないはずだ。


オマケ\(^o^)/につづく