けんちく!

先日、家でサバの甘酢あんかけを食べながら、琴吹紬(ことぶきつむぎ)の誕生日を祝うスレッドを見ていた。
大勢の人たちが記念すべき7月2日に照準をあわせて、PCの前に数々のお宝グッズを並べ、名前入りでおめでとうと書かれたチョコプレートつきのバースデーケーキに火を灯し、各種麦茶を買い揃え、自ら描いた絵を飾り、『けいおん!』の人気キャラクターであるところのムギちゃんを盛大に祝っていらっしゃった。
その日、地方競馬では琴吹紬誕生日記念レースが各地で開催された。名古屋では第3レースと第7レースの2回ファンファーレが鳴り、どこかの馬と騎手が勝った。一方、高知競馬のアナウンサーは大事なレースを実況するにあたって『けいおん!』を詳しく調べており、使用楽器名などスラスラ言う上に、「つむいでいってほしい」などと上手いことを言うのでみんなに人気だ。


その日の夕飯は笑いすぎて時間がかかった。
基地外大杉ワロタww」とか反応するのが2chでの賞賛の仕方なのだろうけど(たぶん)、僕は僕ですごく楽しんで、心から面白いと思っていた。
なんのことやらわからない人は、ぜひ見てみるといいと思う。



けいおん!』は売れている。だからそれは「無視してはいけないものリスト」に入っている。「売れているもの」には一目置く必要がある。オタクの世界だからといって遠ざけていては何も得ることができない。(エグザイルやAKBも気になるなぁ)
もっと正確に言うと、なんで建築のことを書いているブログでアニメの話をしなきゃいけないのかというと、
「『けいおん!』のお客さんは、建築のお客さんであったかもしれない」からだ。
どうして建築の売れない日本で、『けいおん!』は売れるのか考えてみるのは面白いはずだ。


もちろんアニメのグッズやDVDをいくら買っても、建築を買うほどの出費にはならない。一方は趣味で、一方はもっと人生に関わる大きな買い物という違いもあるかもしれない(ファンに言わせたら逆かも)。だから、『けいおん!』さんのところのお客さんはニートかもしれないしお金持ちかもしれないが、買い物の規模とその意味という点で、建築のお客さんと比較できないだろうと考えるのが普通である。
でも、、人が生きていく上で欲しいと思ってお金を出して買っている、というところまで抽象化すればどっちだって一緒だ。



建築とつなげる前に、『けいおん!』を分析してみる。
見たことのない人のために少しだけ説明すると、「廃部寸前の軽音楽部を舞台に4人の女子高校生たちがガールズバンドを組み、ゼロから音楽活動を行っていくストーリー」とwikipediaは言うが、むしろ演奏することは珍しく、ストーリーもなく、ただ女子高生の無邪気な日常を描いているだけの暢気なアニメである。
けいおん!』の戦略のすごさは、ストーリーと呼べるものがないこと、恋を描かないこと、でも絵はめちゃくちゃに綺麗に書くこと、微妙な表情などにも手を抜かないこと、キャラの性格付けが細やかなこと、等々にある。
古いアニメがストーリーで見せていたのに対して、細かく作りこまれたキャラクターたちに、いろんなシチュエーションを与えてさぁどう反応するか、というのを見せているのである。こんなに東浩紀の言っていることがよくわかるアニメもない。それぞれのキャラとその言動のアーカイブをしっかり頭に入れておけば、誰でも二次創作できてしまう。そして現にされている。
そして「恋」だが、「恋」とはすなわちストーリーを発生させてしまうものであり、ストーリーはキャラを破壊(成長ともいう)してしまうものなので、それは描いてはいけないのだ。唯(主人公)たちの間に直接の利害関係が生まれなかったとしても、この言動のアーカイブで成り立つ緻密な世界で誰かが「恋」をすれば、確実に全キャラクターがひどく影響を受けてしまうのである。
そう、『けいおん!』に代表されるこの種のアニメでは、キャラ同士の「関係」こそが「世界」なのである。だからたった一人の違反が「世界」を滅ぼすのである。どんなに二次創作されてもへっちゃらだけど、キャラだけはいじってはいけないのである。恋は、だから(二次創作としてはあり得るが)丁寧に排除しなければならない。


今現在テレビ放送している二期では、意図的に言動のアーカイブの緻密化を進めている。
バンドメンバーは仲良し5人組なのだが、現実でもよくあるように、5人で集まるから仲良しなだけで、意外と適当に2人取り出してみるとなんか少し気まずかったりするものだ。最近は、意外な2ショットで、これまで積み上げてきたキャラたちがどう反応するのか試している。
また、冒頭に挙げたムギというキャラクターが、自分のキャラ設定に不満を抱く回もある。天然お嬢様で優しいムギは、みんなと仲良くしているようで、どこか他の登場人物たちと距離があることに気づいてしまうのである。キャラクター自身が自分の設定に疑問を投げかけ、なんとか親友と呼べるような関係に持ち込もうとするのだけど、結局は気を使われて終わってしまうのだった。言動のアーカイブは急激な成長を許さない。
そうやって緻密化しつづけることで、キャラたちがこの複製技術時代において、アウラを放ち始める。


建築の話にたどり着いてないけど、長くなったので、ここで一服。(つづく)