足し算芸術としてのアニメ(3)

◯表現方法そのものを足し算する現代アニメ
四畳半神話大系』(2010年、原作:森見登美彦、監督:湯浅政明、制作:マッドハウスTVシリーズ全11話
魔法少女まどか☆マギカ』(2011年、原作:Magica Quartet、監督:新房昭之、制作:シャフト)TVシリーズ全12話


作画、描き込みによって素晴らしい表現に至ったアニメと比べて、今回紹介するアニメは遙かに動かない。だがこの2作品はともに「文化庁メディア芸術祭アニメーション部門」の2010年、2011年の大賞受賞作品だ。ちなみにこの賞、1997年の第1回は『もののけ姫』が大賞。以来勝ったのは常に劇場版や短編だったが、この最近の2作品だけがTVシリーズでありながら大賞を取っている。
TVシリーズというのは、時間と予算との激しい戦いである。よく絵がいつもと違う、ひどい、という回にたいして「作画崩壊」という言葉が使われるが、それは各話を並行して別の制作チームに発注したり場合によっては海外の安い労働力に頼ったりという制作方法が、運悪くクオリティに結びつかなかった例といえよう。つまり、劇場版に比べてTVシリーズというのはたいてい不完全なのであって、大賞を取るというのは少しだけ変なのである。(→関連記事 アニメ制作の海外発注についてしらべてみた。―たまごまごごはん http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20060720


見ればすぐわかることなのだが、これらの作品は従来の描き込み式足し算で勝負していない。そのかわりに彼らが取るのは、表現方法そのものの足し算である。



一枚一枚の絵がポスターのようにセンスよくデザインされている。ポスターの表現手法はころころと手を替え品を替え、新鮮な驚きを与えてくれる。
独特の構図や背景を多用するのは新房昭之監督+シャフトの『化物語』(2009年)でも同じである。この方法により、声と絵が一致している必要もなくなった。というより、どんな絵を挿入してもOK。文字だけでもOK。実写の写真でもOK。一枚一枚の絵はたいして動かなくてもいい。穿った見かたかもしれないがこれはとても経済的合理性にかなった表現手法であり、TVシリーズが大賞を取った理由でもある。ただ、重要なのはリズムである。絵の動き方、切り替えのリズムをリズミカルに行うことで、絵が動かない不満が視聴者の心に浮かぶ前に「面白い表現」と思わせることができる。
これは『化物語』のPVだが、本編でもこのような文字だけのカット、実写を使ったカット、奇妙な視点から捉えた建築物のカットや図的表現など、独特のグラフィックデザイン的な画面を随所に挿入している。大事なのは各カットの切り替えと持続時間の制御なのである。



と、考えてみたところで、これはかなり大きな違いに辿りついてしまったようだ。というのも、マクロスのような描き込み的足し算は人びとを「没頭」「感動」へ向かわせるが、これら表現方法そのものの足し算は人びとを「覚醒」「つっこみ」へと導くのだ。前者は画面に釘付けになって半開きの口ですげーとか言っていればいいのだが、後者は画面が切り替わるたびにギョッとする。そうきたか・・なんてしみじみしたりするかもしれない。ある程度、積極的に消費する態度を視聴者に求めるのだ。


一方、2011年一番のヒットといえば『まどマギ』である。こちらはある程度オーソドックスにつくられた至極まっとうなアニメなのだが、ひとつ特徴的なのは、通称「イヌカレー空間」と呼ばれる魔女の世界の表現である。「イヌカレー空間」は偏執症的なコラージュによって作られた悪夢のような空間で、これまであまり大々的にアニメで使われたことのない表現を用いているところが面白い。悪いお薬でも飲んでしまったかのような幻覚的表現と、とても戦うとは思えないほんわかしたキャラクターのミスマッチが強烈だ。
もちろん、2つの世界を行き来するような物語において、その2つの世界の表現方法が違うということは足し算以前にあたりまえのことである。大ヒットした『サマーウォーズ』(2009年、原作・監督:細田守、制作:マッドハウス)も長野県の田園風景と最新のヴァーチャル空間を行き来するのだが、2つの世界の落差がひとつの魅力だった。しかし、2つの世界を絵のスタイルごと別ものにしてしまうというのは、あくまで最近のアニメが意識的にやっている足し算のひとつだと思う。例えば5~6年前になると、夢の世界をメインテーマにしていた『パプリカ』(2006年、監督:今敏)でさえ、現実世界と夢の世界とで表現手法自体を変えてしまうことはなかった。




ひとつの表現手段の中で密度を増すことよりも異なる表現をリズミカルに切り替えていくスタイル。あるいは、見慣れた表現に異物を混在させる手法。そういった新しい足し算が主流の一角を築きつつある。


これまでのおさらいをもう一度。
A:アニメとはそもそも絵を足していかないと作れない、という意味での「足し算」
B:美しい画面を作るために描き込む、という意味での「足し算」
C:最近のアニメに顕著な、描き方そのものの「足し算」


この話はまだまだ続きます。その4へ。